平安時代の承平4年(934)年に書かれた『和名抄』のなかにも肥後の国山鹿郡の「温泉郷」としてでています。
 山鹿はすでに奈良時代には、肥後城北部の郡で中心的な役割を果たしており、平安時代になると中央の人たちにまで温泉場として,知られていたことが分かります。
宇野親治公伝説(うのちかはるこう)

温泉の発見は、今から800年ほど前、保元の乱に敗れて下ってきた「宇野親春公」が、保元2年(1157年)山中で鹿が温泉に入って傷を癒しているのを発見し、この地を「山鹿」(やまが)と名づけたと伝えられています。

実際には、「山鹿」の地名は、250年ほどさかのぼった奈良時代の文献『釈日本記』に「肥後国山鹿郡荒爪山」という記述が見られ、西暦720年頃の平城京跡で発見された木簡にも「山鹿郡」として登場します。
湯の端公園 あし湯
豊前街道第一の宿場町

山鹿は古くから交通の要衝として栄えてきましたが、江戸時代に入ると藩主細川公の加護により、豊前街道一番の宿場町として繁栄していきます。
 明治初期につくられた全国の温泉番付にも上位にはいっています。


明治初期 さくら湯

現在のさくら湯
飲んで胃によし腸によし

現在も、さくら湯の前では、ポリタンクやビンを持参して湯を持ち帰る人の姿を良く見かけますが、無色透明な山鹿のお湯は、入浴だけでなく、飲用水としても昔から愛されてきました。
■二日酔いが早く良くなった
■胃腸の調子が良くなった
飲用すれば、消化器官の粘膜から体内へと吸収され、自律神経を整調し、収縮した血管を拡張させ、気管支や腸などの平滑筋や臓器のけいれんをやわらげホルモンの分泌を盛んにするといわれています。
■コーヒーやお茶を温泉でいれる
■ウィスキーや焼酎を割って飲む
味もよくなるそうです。
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